開港広場公園(日米和親条約締結の地)の歴史展示・アクセスなど案内!横浜開港資料館の隣

横浜「開港広場公園」日米和親条約締結の地の石碑と説明板

横浜「開港広場公園」は、日米和親条約締結の地の石碑があります
日本大通り駅が最寄り駅で、日本の歴史を感じることができる噴水のある公園。
隣に横浜開港資料館もあるので、合わせて楽しめる観光スポットでもあります。
ベンチもあるので、休憩することも可能。
公園に展示してある見どころを探してきました。
行き方を含め紹介します。

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開港広場公園の場所・アクセス

大さん橋と山下公園の通りが交差する角地にあります。

横浜「開港広場公園」全体の様子

開港広場公園の隣にある「横浜開港資料館」と「横浜海岸教会」を目印にすると探しやすいです。

また象の鼻パーク、大さん橋、山下公園もすぐ近く。
シルク博物館(シルクセンター)も道路を挟んで、目の前にあります。

横浜「開港広場公園」のトイレと横浜コミュニティサイクル(シェアサイクル)の駐輪場

公園の端には、公衆トイレが設置(横浜海岸教会側)。

横浜コミュニティサイクルbaybike(シェアサイクル)の駐輪場もありました。

最寄り駅について
最寄り駅は、みなとみらい線「日本大通り駅」4番出口
JR「関内駅」南口から横浜公園(横浜スタジアム)を抜け、日本大通り経由で来ることもできます。

開港広場公園について

「開港広場」と呼んでいましたが、「開港広場公園」でもあるようです。

この辺りは、日米和親条約締結の地として有名。

横浜「開港広場公園」について書かれた案内板

大さん橋付近は日本の開港の地であり、横浜の都心地区として発展した現在も、外国船の入港など横浜の玄関として多くの人々に親しまれています。
ここに「港町・ヨコハマ」の歴史や国際性のシンボルとして広場をつくり、横浜開港(1859年)にちなんで「開港広場」と名付けました。

(開港広場公園説明板を参照)

横浜の姉妹・友好都市、横浜の姉妹港・友好港貿易協力港についても記載あり。

【横浜の姉妹・友好都市】
アメリカ(サンディエゴ)、カナダ(バンクーバー)、フランス(リヨン)
インド(ムンバイ)、フィリピン(マニラ)
ルーマニア(コンスタンツァ)、ウクライナ(オデッサ)、中国(上海)
【横浜の姉妹港・友好港貿易協力港】
アメリカ(オークランド港)、カナダ(バンクーバー港)、中国(上海港)(大連港)
オーストラリア(メルボン港)、ドイツ(ハンブルク港)

横浜「開港広場公園」について書かれた案内板(園内マップ)

開港広場公園の見どころを分類してみました。

主な見どころ!
  1. 「日米和親条約締結の地」碑
  2. レンガ造マンホールと下水管(卵形管)の遺構
  3. 噴水
    開港の泉、サークルミラー、波模様の石舗装、各都市のプレートなど。
  4. 旧居留地90番地の大砲
  5. 時計塔
  6. 日米交流150周年記念植樹

「日米和親条約締結の地」碑は目立ちます。
あとは噴水があるだけかと思いきや、公園地図でいくつかスポットがあることを知りました。

ハマくま
以下、①~⑥の順番に見どころを紹介します。

開港広場公園の見どころ

①「日米和親条約締結の地」碑

横浜「開港広場公園」日米和親条約締結の地の石碑と説明板

通り沿いに地球儀を模した「日米和親条約調印の地」と記された石碑があります。

ペリーが2度目の来航をして日米和親条約が結ばれる。
これにより、日本の鎖国の終わりと開国への第一歩となる。

横浜「開港広場公園」日米和親条約締結の地の説明板

石碑の隣には説明板あり。

安政元年(1854年)2月から3月にかけて、日米代表が横浜村の海岸で会見、和親条約を結んだ。
これは、神奈川条約ともいわれ、日本の開国を促し、本市の誕生の遠因ともなった。
歴史舞台となった応接所のあとは、現在の神奈川県庁の付近である。

1854年に日米和親条約が締結。
1858年に日米修好通商条約が締結。
1859年に横浜が開港。

②レンガ造マンホールと下水管(遺構)

横浜「開港広場公園」レンガ造りのマンホールと下水管の展示と説明板

明治15年頃に築造されたレンガ造りのマンホールと下水管が見えます。
※ガラスが曇っていてやや見えにくいかも。

明治14年から20年にかけて、旧関内外国人居留地(現在の山下町と日本大通りの一部)一帯で下水道改造工事が実施され、卵形レンガ管と陶管の下水道が整備されました。
その下水幹線7本とマンホール37ケ所はレンガ造りで、材料のレンガは、東京府小菅の東京集治監のレンガ工場に注文して築造されたものです。
設計者は東京大学理学部第1回卒業生、当時神奈川県土木課御用掛の三田善太郎氏で、これは日本人が設計した我が国最初の近代下水道と言えるでしょう。

昭和57年4月に公園の整備中に発見されたんだとか。
当時のままの状態で保存されています。
平成10年9月に下水道施設ではわが国初めての国登録有形文化財に登録される。

③開港の泉(噴水)

横浜「開港広場公園」噴水(開港の泉)と周辺の様子(海岸教会側)

噴水がある公園です。

噴水まわりにある、鏡面のシルバーオブジェと波模様の石レンガ舗装が素敵。

横浜「開港広場公園」噴水(開港の泉)と周辺の様子(大さん橋側)

公園から大さん橋方面を見ると、レトロな「横浜貿易協会」の建物(上写真左・茶色の建物)。

お洒落な飲食店もあります。

横浜「開港広場公園」噴水(開港の泉)足元には海外都市の地名プレート(横浜の姉妹都市・友好港)

噴水まわりの地面には、よく見ると横浜の姉妹都市・友好港の海外都市の地名プレートが埋め込まれています。

④旧居留地90番地の大砲

横浜「開港広場公園」旧居留地90番地の大砲

開港広場公園内「横浜開港資料館」側に大砲(旧居留地90番地の大砲)が置かれていました。

大砲は、鋳鉄製の11ポンドカノン砲で、オランダ東印度会社のエンクハイゼン商館所属船の備砲だそうです。

横浜「開港広場公園」旧居留地90番地の大砲の説明板

外国人居留地90番地(現山下町90番地)に、生糸の輸出と時計の輸入に従事していたスイスの商社、シーベル・ブレンワルト商会(慶応元(1865)年創立)があり、明治維新の際の戌辰戦争中は武器の輸入も行っていました。
昭和34年、同社跡地で建物の基礎工事中に大砲が見つかり、掘り出され、展示されておりましたが、平成15(2003)年、横浜市に寄贈されました。

明治43年に出版された書籍に、同社の「倉庫の入口に、明治初年に武器を扱っていた記念として大砲が備え付けられていた」という記載があるそう。

説明板には、明治初期の外国人居留地の外国商館と、取扱商品並びに輸入先がわかる遺品として、貴重な資料と書いてありました。

⑤時計塔

横浜「開港広場公園」時計塔

大さん橋付近に設置されていたポールを模した時計塔

横浜「開港広場公園」時計塔(案内板)

明治24年(1892)頃、ポールは大桟橋付近に設置されており、暴風雨の際に旗を掲げて港近くの船に信号を送っていたんだとか。

⑥日米交流150周年記念植樹

横浜「開港広場公園」日米交流150周年記念植樹

公園の奥に「日米交流150周年記念植樹」もありました。

2004年4月3日に植えられています。

その他

横浜「開港広場公園」の池と海岸教会 横浜「開港広場公園」池と鳥

教会側の石壁には滝が流れていました。
春は桜も楽しめます。

早い時間に散歩したときは、公園内の噴水、滝は止っていました。

横浜開港資料館にも寄れます

開港広場公園の隣にある「横浜開港資料館」

横浜「開港広場公園」内にある横浜開港資料館入口

横浜開港資料館は海岸通りに正面入口がありますが、こちらは開港広場公園側の入口です。

資料館の門を入るとミュージアムショップ・カフェもあります。

横浜「開港広場公園」横浜開港資料館側にある日米和親条約締結の地の史跡

公園内・資料館側の壁に、横浜市地域史跡あり。
こちらも「日米和親条約締結の地」と書かれています。

開港広場公園と横浜開港資料館をセットで訪問するのがおすすめ!

まとめ

開港広場公園は、開港時を偲ぶことができる公園です。
小さい広場なので、そんな歴史的場所と思わず通り過ぎてしまうかも。
素通りしてしまうのはもったいないので紹介することに。
ちょっと足を止めて「日米和親条約締結の地」であることを知り、ペリーの黒船来航を思い浮かべるのも横浜観光の醍醐味の一つになるのではないかと考えます。

ハマくま
歴史と一緒に、港町の雰囲気も楽しめます。

公園の情報

  • 名称:開港広場公園
  • 住所:横浜市中区日本大通

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